“ 静岡市駿河区生まれ。小学5年生で、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)に出会い、音楽に開眼した。
高松中に進むと、青葉公園近くの輸入レコード店「洋盤屋」に毎日通った。6畳の自室は音楽仲間の「たまり場」に。ラジカセを持ち寄り、オルガン、鍵盤ハーモニカ、キーボードを使ってYMOの曲などを多重録音するようになった。「今聞くと、異様に前衛的。同じメロディーを奏でてはいるけれど、まったく別の曲になっている」。音楽をつくる楽しさを知った。
静岡学園高時代は「音楽9割、学業1割」。多重録音の実験はエスカレートし、鉄パイプや一斗缶、チェーンソーなども持ちこまれた。隣部屋の実妹は兄の“音楽”のやかましさをつづった詩を書き、コンテストで入賞を果たした。”
— テクノ音楽の第一人者 「電気グルーヴ」の石野卓球さん | 静岡新聞
4:34 am • 26 January 2012